今夜、暇を取らせていただきます

文化的ニート(令和版)

ADHDの話

 登下校中に喋りかけてくれる人が多くて、「うわ…めっちゃ嬉しい…」ってなるんだけど、大体イヤホンガンガンなので、最初全く声をかけてくれた人に気付けないため、大体めっちゃ笑われる。ちなみに最近ヘビロテしているのはOfficial髭男diismの「Stand By You」。良いよね、ってそんな話じゃなくて、そのイヤホンガンガンには訳があります。分かって欲しいとは思ってないけど、一応こんな性格なんだなあ、ってのを頭の片隅に置いてもらったら誤解されることも少なくなると思って、これを書きます。

 

 僕は8月になって、自分が軽いADHDであることが判明しました。ADHDとは、と語るとめっちゃ長くなるのでここでは省きますが、適切なコミュニケーションをするための能力が欠けていたり、自分の身の回りのことが上手く管理できなくなったりする症状を持つ、ある種の知的障害あると考えてもらえればいいです。

 

 正直、高校生活上での弊害が凄く色濃く出る。三年ぐらい前から「君はいろいろ知的障害を持っている可能性がある」って言われていたので、診断結果を見たところで目新しさといったものは無かったけれど、症状の名前が確定してからは、ちゃんと対策しなきゃなっていう風に感じるようになって、最近は、昼休みには友達と喋らないっていう選択を取っています。話の論点をよくズラしてしまう性格なんです…(既存の関係が成り立っている空間に割り込んで、気兼ねしてもらうのも凄く悪いので…)

 弊害として、昔からなんですけど、地下鉄に乗ることが凄く苦手です。特に冬の時期は。寒いのか暑いのかよく分からなくする湿気と、ずっと薄暗い空間、誰と知らない人とぶつかること、全部苦手なんです。その中でも特に苦手なのが、身の周りの音です。電車の開閉音、喋り声、電車内アナウンスが主ですが、それを遮断するために滅茶苦茶大きい音で洋楽とか邦楽とか聞いてます。歌詞が入りやすいQueenとか、Bruno Marsとか。

 よく「治療薬は使わないの?」っていう質問をされます。親にも言われましたが。理由を端的に言うと、ADHDに有効だとされている治療薬が覚醒剤とすごく成分が似ているらしく、あんまり使うのもアレかなあ、と医者と相談した結果です。足りない頭で行った自己理解です。

 

 ADHDが最近話題に上がってますが、周りの人の配慮が大事だやら、「理解のある夫のおかげで…」やらネットに溢れていますが、自分とは異なった認識なので、自分の意見を言っておきます。

 周りの人にやってほしいこと、それは「またやってるよ(笑)、おい兄弟、そこちょっとミスしているぜ」ぐらいのアメリカン的な感覚で扱ってほしい!ってことです。(個人の意見です)

 Twitterでよく見るADHDの人が求めている「対応」というのは、正直自己中心的思考の極みです。社会はそこまで優しくできない。それほど余裕なんて無いのだから。でも、対応なんていらなくて、ただちょっと会話して欲しい、そのくらいにしか求めていないんです。過剰に支援を求める人の話はあまり聞かないほうが良いかもしれない…笑

 ここまで読んでくれた方なら、適切なんてのを理解してくれたと思いますが、僕もこういった形で言わなければ皆が分からない、その程度には普通の人なんです。適度というか、普通に話してくれることを僕は望んでいますし、多分他の人も然りだと思うんです。